ものまねを批判できる立場から一番遠いのはものまねされている本人、コロッケを殴っても良いのは鉄矢

「やっぱり最初は“からかわれてるな”という意識はありましたよ。でも“あなたのことが好きだから、ものまねをしているんです”と言われるとね。実際、一緒に飲んだりするとおれ以上に『金八』に詳しかったりするの。だから、おれは好き嫌いは別にして、自分に興味があってまねしてくれているんだから、悪意丸出しじゃなければ大目に見ることにしてます。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130328-00000010-pseven-ent

たとえ演技者であっても画面を通した映像を本人が見て,観客の立場から演技を証拠にものまねが違うってのなら批判としてアリだと思います。でも,演技者としての立場からものまねを非難してもそれは的外れな感じはしますね。
観客が俳優さんを評価するのは,必ずしも画面に写る,その場の演技だけではないとは思います。例えば,演技準備がたいへんだったんだろうなぁとかっていうのを演じている姿を見て想像して,そういうところも,俳優さんを評価するポイントになるとは思うのです。でもそれだって,見ている演技を通して想像するのであって,俳優さんが僕こんなに大変だったんだよっていう語りを聞いてっていう訳ではないように思います。
だから演技者というか,当事者の心情とか事情を持ち出して,それをものまねが反映していないからって感じでものまねを非難するのは違いますね。この鉄矢の上記の引用だって,もしコロッケの鉄矢のまねが悪意マンマンだったら腹が立つからコロッケをハンガーでぶん殴るっていう話であって,ものまねが優れているかどうかは,鉄矢のヌメッとした感じをどれだけ表現できているかだけが重要なはずなんだと思います。